2022年1月6日東京新聞に掲載

以下、本文転記

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東京新聞連載<2022リスタートへ>

(5)舞台は「栄養と同じ」 息苦しい世相、逆手に笑い

 「マスクを着けていると皆さんの反応が分かりづらいんです。面白い時にこのうちわを振ってもらえると、役者も楽しんでもらえていると安心できます」
 先月中旬、横浜市中区にある小劇場「山手ゲーテ座」での開演前の一こま。新型コロナウイルス感染防止のため間隔を空けて座る観客に、「劇団鳥獣戯画」(入間市)の団員が「笑」と書かれた黄色いうちわを振りながら声を張った。
 五十年近い歴史を持つ同劇団が、二〇〇二年から毎月上演してきた看板公演「三人でシェイクスピア」。一時間半の上演中に三人の役者が英劇作家シェークスピアの全三十七作品を要約し、怒濤(どとう)の勢いで演じていく。
 本来は観客が舞台に上がったり、役者が客席に降りたりして会場が一体となる演出が魅力だが、コロナ禍ではままならない。ならばと役者同士で手を合わせた後、「触っちゃダメだった!」と舞台脇に置いたアルコールで慌てて手を消毒。息苦しい世相を逆手に取った演出に、客席のマスク越しに笑いが広がった。
 コロナ禍では多くの文化活動が制約を余儀なくされた。同劇団も二〇年四月の最初の緊急事態宣言発令中は週五日の稽古を控え、「三人で−」も同年七月まで中止。年二回の定期公演のうち同年の春は開催を断念した。
 定期公演や演劇フェスへの参加、学校に招かれての公演など年間約六十回あったステージは、二〇年は約二十回、二一年は約四十回だった。昨秋以降、国や自治体によるイベント観客数の制限は緩和されているものの、自主的に席数を絞る劇場もあり、一ステージ当たりの収入は減っている。
 劇団座長の知念正文さん(71)は「満員でも(収支が)とんとんなのに、客席数が半分ではどうしても赤字になる」とこぼす。経済的にも打撃だが、何より心を痛めたのはこの間、演劇などの文化活動を「不要不急」とみなす向きがあったことだ。特に感染拡大の初期は一部の劇場でクラスター(感染者集団)が発生するなど不運もあり、風当たりは強かった。
 「すごく傷ついたし、憤りもあった」。劇団副座長の石丸有里子さん(66)は口惜しそうに振り返る。全員で歌うシーンは事前に録音した音声を使うなど感染対策を工夫し、劇場公演が中止になった市民参加型ミュージカルは、「密」にならないよう場面ごとに小分けに撮影して映画化。表現者として「意地になってやってきた」。
 知念さんは、舞台に立つことは「栄養と同じ」と表現する。演じる自分たちにとっても、その姿から何かを感じる人たちにとっても、欠かせないものだと信じている。「何としてもやり続けたい」と決意は固い。
 同劇団に獅子舞を教えている、獅子舞演者の改田(かいでん)雅典さん(49)=川越市=もコロナ禍に翻弄(ほんろう)されてきた一人だ。昨年の年始は大型商業施設でのイベントなど約二十件の出演依頼を受けていたが、当時は感染「第三波」のただ中で、半分がキャンセルに。その後の半年は獅子舞の仕事がほぼなく、知人からホームページ開設の依頼を受けるなどインターネットのコンサルタント業で生計を立てた。
 この正月は約三十件の出演依頼があり、忙しい年始が戻ってきた。県内外の大型商業施設では、笛や太鼓の音に乗ってマスクを着けた改田さんが獅子を持って練り歩くと、厄払いで獅子に頭をかんでほしいと、親子連れの客らがこぞって寄ってきた。多くの企業で仕事始めだった四日も、社員らを前に獅子舞を披露。景気付けたい、鬱屈(うっくつ)感から解放されたい−。人々からそんな気持ちを感じたという。
 獅子舞は、獅子が疫病を退治し、無病息災に一年を過ごせるようにするとのいわれがある。「コロナよ、なくなれ」。そう願いを込めて、改田さんは舞う。(飯田樹与)=おわり

Posted by でん舎