父として親として、いつか伝われと思って伝えていく

「いつだか覚えてないけどさ
 <とうちゃん>って言えって言われて
 めんどくさいなって思ってた」

ぼそっと言う長男。

えー、そうだったんだ。

長男が年中か年長の頃。

幼少期から
なんとなく「パパ」と呼ばせてたけど

日本の芸能生業にして
いつも雪駄履いてるようなおっちゃん。

「パパ」じゃないよな。
かみさんと話す。

<とうちゃん>でもいい?

「どうぞ」

矯正開始。

今はどう?

「今はもう、当たり前すぎて」

子ども心にそんなこと思わせてたのね。
すまんかった。

「父ちゃんは(子どもの頃)なんて呼んでたの?」

じいじにはお父さん
ばあばには、
しばらくお母さんって言えなかった

おばさん、って言ってたね。

静かに聞く長男。

いつお母さんって言えたのか
よく覚えてないな。

今父ちゃんとばあば、
ものすごく仲いいでしょ。

「うん」

本当のお母さん以上に
お母さん。

「うん」

でも、そうなるまでに
すごく時間かかったんだよ。

「うん」

想像できないよね。

「ぜんぜん」

でもね、じいじとばあばが頑張って
みんなを家族にしてくれたの。

「うん」

そんなことを考えたことない君たちは
幸せなんだよ。

「うん」

そういうふうにできて
父ちゃんは良かったと思ってるけどね。

「うん」

彼が幼少期にも感じたように
こちらの思いとは違う感情を
今の彼も持っていると思うけど。

父は父として
思いを隠さずに伝えていきたい。

そう思っています。

自分の父は認知性になり
もう昔のことを聞くことはできません。

口下手な父からは
思い出話を聞くことも
あまりありませんでした。

相当の思いをしながら
自分たちを育ててくれたことには
感謝しかないのですが

もっといろんな話聞きたかった。

だからこそ
息子たちには事あるごとに
話しています。

どこまで覚えてくれているか
どこまで伝わるかも分からないけれど。


父の日に次男が作ってくれたクッキー。

さりげなくメッセージが。
ちょっとしたことに泣けてくるのは
歳取ったからなのでしょうね。


雑感

Posted by densya