太鼓が私にくれたもの。太鼓やってたから気付けたこと。

太鼓奏者との会話に思う

「太鼓買いました!」若い子が嬉しそうに言う。よくある光景。

いくら?

「〇百万円」

それが普通なんですよね、太鼓の人たち。

どうやって買うの?

ローン組んで。

自分で組めるの?

親御さんの名義とか。

さらに必需品

大きな太鼓を買えば、当然大きな車も必要。

すごいなぁ

本人もご家族も。

信じてるのでしょうね

サクセスストーリーを。

間違いなく言える

自分には無理です。

これでもね

昔は(自称)太鼓奏者でした。

独立したときは

太鼓で食べていく気満々。

その証拠に

でん舎のホームぺージのアドレスはwadaiko-densya.com

wadaikoが

入ってるんですよね。

なぜ変えない

なにをいまさら、というだけ。

あえて言えば

初心忘るるべからず。

だけど今は

ずいぶん違う道を行ってるよね。それでいいんだよ、と。

話を戻すと

お金がかかるのが嫌で太鼓の道をひた走れなかったのは事実。

だってだって

食えるかどうかの道筋も見えないのに、多額の借金なんて怖くてできません。

割と何気なく使うけど

ローンは借金。

そしてさらに

太鼓はひとつじゃすみません。バリエーションも必要。

本気で揃えようと思ったら

そりゃ、まぁ。

諭吉さんが

何十人いても、何百人いても足りません。

独立して最初に買ったのは

比較的安価な太鼓。

言われましたよ

○○ (太鼓店) の太鼓使ってるの?と。

やっぱりあるんです

××(太鼓店)の太鼓使わないでプロと言えるのか、みたいな目が。

道具で判断される

見れば分かりますからね、見た目も音も。

それに比べれば

獅子舞は獅子頭ひとつでOK。

道具が少なくて済む

獅子舞に転じた理由のひとつであることは間違いない。

だから思うのです

どんどん太鼓買って、自分に投資して頑張る若い子たちがすごいなぁと。

自分では

今も昔もやろうとは思えないけど。

ですが、あえて言うと

ちゃんと食えるようになってからじゃないの、と。

その前にやることがあると思うのは本音

実家から出るとか、一人暮らしするとか。あ、同じことか。

道具揃えるのも大事だけど

親や家族に精神的にも経済的に頼らず、スネかじらず。

ま、いいか。

若い子たちがおおらかに、のびのびと過ごせているなら。

裏を返せば

身近なところに応援してくれる人がいることを肌で感じられるわけで。

いつか返せる日が来るでしょうし

お金も心も。

あれこれ言っておりますが

そういうお金の使い方をできることは羨ましいです、はい。

ただの嫉妬です

甘えさせてくれる環境がなかったから、はい。

世代が違う。時代が違う。

自分と比べてもしかたないこと。

自分にとって太鼓ってなんだったんだろう。自分を「引き出して」くれたものでもあり、「引く(退く)」ことを教えてくれたものでもあるのです。おかげで「獅子舞師」としての自分を確立することができましたから。

日常

Posted by densya