当たり前のことを当たり前にやる大切さ

若い子を見ると思います

礼儀も常識もない。

わが身を振り返る

人のことは言えない。

きっと昔は

先輩方もそう思っていたのでしょう。

怒られ叱られ

覚えたことは数知れず。

怒られ叱られ、覚えたことは

そう簡単には忘れない。

なぜならば

記憶に感情が伴っているから。

だいたい思うわな

悔しい、と。

だから覚えるのです

悔しさを繰り返さないために。

ただのマナーやしきたりだと思っていたことが

今になってこんなに活きるとは。

ぼろくそに言ってくれて

ありがとうございました。

時間が経たないと分からないことは

世の中たくさんありすぎます。

失礼ながら

当時はよく分かっていませんでした。言われれば反発してムカムカするだけでしたが。

なんにでも言える

礼儀もマナーも身だしなみも。個性と言えば済むものではないものばかり。

よく見せたいわけではない

やって当たり前なだけ。

よく見られたいわけでもない

そうしないと気が済まない。気持ち悪い。それを実践するだけ。

世間でいう「常識」

すべて正しいとは思わないけれど。あえて外す必要ないことは多い。

「無難」でもなんでも

人を不快にしない、スタンダードなラインだからだと思うのです。

なにを自身の「当り前」にしているか

そこでその人が見えてきます。

おもしろいもので

電話やらメールやらで連絡すると、修行経験や社会経験のある年長者のほうが反応が早い。

当然と言えば当然

なんでそうするか、必然性を知っているからなのでしょうね。

本当に強くたくましいのは

経験を力に変えられる人ではないか、とくにマイナスの経験をプラスに変えられる人ではないかと思う次第です。

継続は力なり。経験を積み重ねて得たものばかり。

日常

Posted by densya