「尖っているね」と言われるのは、誉め言葉なのでしょうか。

鉛筆は尖らせるために削りまくります

鉛筆。小学校の頃はあんなに使ったのに、大人になってまったく使わなくなったアイテムの一つです。日本人で使ったことのない人は皆無でしょう。説明不要。芯が減ったら削って、また削って、本体が短くなるまで削って。削らないと先が丸まっていて使いにくいから、とにかく削ります。削ったばかりの鉛筆の芯がはずみで折れてしまうと、無性に切なくなったものです。

誉め言葉?けなし言葉?

私、時々言われます。「カイデンさんて、とがってるよねー」。そうかなぁ、と思います。そうだなぁ、とも思います。自分で削って尖らせているのではなく、いろんなものを削ぎ落したら結果尖っていただけだと思っております。世間一般の方が全体的に丸くなっているとしか思えないのですが。だから、私程度が目に付くだけではないかと。

尖ってる叩かれるより、自分の心を痛めるほうがリスクが大きい

「こういうことを言ったら気にする人がいる」「傷付く人がいる」言われることもあります。ごめんなさいとしか言えないです。離れていく人もいます。仕方ない、としか言えないです。仕事を失うこともあります。ご縁が無かったとしか言えません。ただ、それらをなんとなーくうやむやにして自分の心を痛めるほうがはるかに心苦しいのです。

厳しいご意見を頂戴することもありますが基本的に反論はしません。「私が正しい、あなたが変わりなさい」という視点に立たれた意見に対し、議論が成り立つはずがありません。ですから異論があれば「お好きにどうぞ」です。不毛な議論をする時間が惜しいのです。

何かを言われるのは、その人にとっての真実や正論。私にとってではないのです。

「弱いのに強がってるだけだ」と言われることもあります。はい、おっしゃる通りです。そのジャッジでかまいません。そう見えたならその通りなのでしょう。どうでもいいことです。

「干されるよ」というアドバイスも時折いただきます。天日干しくらいはされたことありますが、すぐに乾いてかえって気持ちいいくらいです。なにかを失うと、空いたスペースを埋めるように新しい出会いがあるものです。

普通に過ごしていてもうらやましがられます

「言いたいこと言えていいね」の意で言われることもあります。人それぞれ言えない事情、言わない事情があるのも重々承知しています。「代弁してくれた」「スカッとした」と思っていただけるのであれば光栄です。基本的には「尖っている」は自己主張できるという意味で誉め言葉だと思っています。リスキーでもあるよ、という忠告をはらんでいることもありますが。

いずれにしても私は私のスタンスでいます。お気に召さなかったらごめんなさい。

みんな子どもの頃は尖ってたはずですけどね。どこから丸くなっていくのでしょうか。

日常

Posted by densya