「とりあえず」でいいならご自由にやってください。教えません。

「とりあえず」ですか・・・

先日、ある問い合わせを頂戴しました。獅子舞を習いたい、という方でした。職場の新年会で踊れるようになりたいので「とりあえずできればいい」とのこと。申し訳ないのですが即答でお断りしました。

はっきり言ってしまえば、そんなもん

「とりあえず」でも「なんとなく」でも「適当に」でも踊ることはできます。こだわらなければ。その人がそれでよくて、見る人もそれでよければ。そんなもんです。

ときどき、やんわりと喧嘩売られてる気がします

「わたしも獅子舞やったことありますよ」以前、練り歩きの合間に見知らぬ方に声をかけられました。「適当に頭動かしただけでしたけど」それで私にどんなコメントを求めてるのでしょうか。

中に入ればだれかわからない

またある方は「中に入れば誰か分からないから」獅子舞に誘われたとのこと。それでお金いただいたと。着ぐるみのバイトかい。

需要と供給の問題。それで成立するならご自由に。

獅子舞の保護団体でもなければ先祖代々の継承者でもありません。「これが正しい」と確固たるものは持ち合わせておりません。ですから、需要と供給が成り立てばそれでよろしいのではないかと思います。

基本的に胴元の責任

なんにしても「言い出しっぺ」であり「仕切り」がいます。イベント会社だったり芸能事務所だったりキャスティング会社だったり。教育福祉系であれば施設長や上長。GOを出す人がいてのこと。必要だからやるのです。いいのではないでしょうか。

やりたい人は好きにやればいいのです

ほんと、それ。ご自由にどうぞとしか申し上げられません。

そんなこんなでいろんなご要望をお受けしますが

でん舎および一般社団法人日本獅子舞協会のスタンスとしては「当方は短期的な指導、教室はいたしません」。以上です。

誰が教えたの?誰に習ったの?と名前を出されたくない

「自由」の名のもとに好き勝手にしっちゃかめっちゃかに演舞されたとき。流れ弾が跳んでくるのだけはご勘弁で願いたい。

しばらくワークショップもやりましたが

求められているものと伝えたいものが違うことを痛感しました。そこで潔く撤退しようと思った次第です。

教えるからには責任があります

ほんのちょっとかじっただけの人に「カイデンさんに習いました」なんて言われた日には、穴を掘って入りたくなります。「あいつ、何教えてるんだか」と思われるのが関の山。教えるからには、伝えるからにはいい加減にはできませんしやりたくない。

広がることは歓迎します

獅子頭を自主製作して販売し、音源動画も公開しています。それを使っていただくのは一向にかまいません。裾野が広がるのはいいことです。ただし道具の提供のみの関与とし、教室開催等は当面差し控えるつもりです。

たとえば卵を買うとき

スーパーでなるべく安いのを探して買い求めるのはごく当たり前の行動です。同じように獅子舞も安くて手軽にできればそれに越したことはありません。一方で農家さんから直接取り寄せしてより良いものを求めることもあります。

価値観はそれぞれ。その中で選ばれればいい。

なんでもいい人、とりあえずでいい人はそれでいいと思います。どうぞ他所をお探しください。広く万人に理解され求められたいとは思っておりません。

広く浅くにはしたくない

「見る人が見て分かる」「ここがいい」と思っていただける方に選んでいただければ十分です。広く展開させて内容が薄くなってしまうのも困りものです。

今太鼓チームや劇団などでグループレッスンを行っています。意欲がある方であればお受けしますが基本的には長期のみです。「とりあえず正月に間に合うように」という要望にはお応えできません。ご了承ください。

雑感

Posted by densya