野球やって身に付いたのは技術でも体力でも精神力でもなく、あれでした

下手の横好きの野球少年

小、中学校の5年間、野球をやっていました。まぁ、普通に下手でした。レギュラーになったことはありません。小学校の時はセカンドか外野。中学校の時は内野どこでも。守りはそこそこでも、とにかく打てない。打てないから自信が持てない。だから使われない。というわけで「少年野球チーム」と「野球部」には大した思い出はありません。

競技としての野球は好きではないけど

「自分でやるスポーツ」としての野球はあまり好きではないです。ところが不思議なことに「野球」は嫌いにはなりませんでした。保育士になってから園児のお父さんたちと草野球チームを作ったくらいです。そこでは監督兼任。ピッチャーもキャッチャーもやりました。試合をやればぼろ負けでも楽しかった。試合の後のビールが目的だったと言っても過言ではないチームでした。

部活と草野球の違いはなんだったのか

それはもう。楽しいか、楽しくないか。「スポーツ」という感覚が無かったのです。ほぼ「遊び」。そしてチーム内の人間関係がいいか、悪いか。それに尽きます。

古傷をえぐっても仕方ないのですが

子どもの頃のチームは自分にとって「なんとなく」の場。居心地はよくなかったです。いじめもありました。比較的仲の良い人もいたので続けられましたが、総じて「どうでもいい記憶」です。忘れたいというほどではないですが、ほんとにどうでもいい過去。

「野球で鍛えられる精神力」そんなの感じたことない

どっちかと言えば「ヤな奴」ばっかり。上手ければ威張る。指導者は怒鳴る。ミスすれば怒られる。よく分からない上下関係はある。力のある者はいい思いをする。社会の縮図のようです。「世の中きれいごとではない」と悟る経験でした。高校野球を感動ドラマに仕立て上げようとするのを見るにつけ「しょせん上澄みでしかない」と思うわけです。

野球少年時代に身に付いた、今に生きている「経験」

中学時代は監督の指示で1年時からスコアラー。選手としては評価されていないことの裏返しです。それでも内心喜んでいました。ベンチで座ってるだけでチームの役に立ってる体でいられる。楽なものです。ところがこの時の経験が今になってすごく役立っています。

なぜか高まった計算力

スコアブックを付けていたので、流れで打率や防御率を計算。「〇打数×安打だと〇割○分」という計算式を通してパーセンテージに落とし込む習慣ができていました。7打数1安打なら1割4分3厘。気が付けば数字のパターンを丸暗記。今原価計算をするのに、これがものすごく役に立っています。「ギャラ5万だけど経費3万かかってるから、利益4割か」と。

野球の様々なシチュエーションは、日常の諸々に置き換えられる

客観的にデータ化しながら野球を見ていた記憶も今に生きています。混沌とした情勢に振り回されたり嘆いたり現実を見失ったりすることもままある昨今。漠然とした状況や感情を整理したいとき。言語化したいとき。野球で起こる様々なシチュエーションが頭に浮かびます。野球に例えたら「フォアボール連発して自滅してるな」とか。

人のタイプをポジション別に見る

「この人はピッチャーじゃなきゃ嫌なタイプ」「キャッチャーにいそう」「渋いセカンド」。自分の中にあるポジション像で人を分別します。ある公演に向けてのキャスティングの際にピッチャータイプばかり集めません。「俺が俺が」で収拾がつかなくなります。

人の技量と存在感を打順で推し量る

今度は4番タイプばかりになるのを避けます。4番打者といっても三冠王を取れることはなく「打力あっても穴多し」。堅実な1,2番タイプや4番を打つ力があるのに8番にいるような人が好みです。役割を分かっている人がいい。

すべて主観です

監督の好みや目利きでチームはがらりと変わります。普遍性はありません。あくまで主観です。抽象的すぎて訳わからんと言われたら。そもそも野球知らん、興味ないと言われたら。自分の好きなスポーツでもなんでも置き換えやすいものを考えてみてください。

コロナ禍で先が見えなくなって、ふと気付く

いったい、今何イニング目なんだろう。まだ1回表?5回裏?それとも9回裏?コロナの状況はどのあたりかいまいち分かりません。でも自分の人生で考えたら。芸能生活に置き換えたら。終盤に訪れたピンチですね。そこをどう乗り越えるか。

ただの妄想でしかないですが

自分のポジションはどこなのか。今どんな場面なのか。チャンスなのかピンチなのか。追い込まれているのか余裕なのか。野球の場面に置き換えると分かりやすいし「なんだか乗り越えられる気がする」と迷いも減ります。物事をシンプルに考えられるのでしょう。

つまるところ・・・

身についていたのは分析力。物事を客観的に見る力。どこか冷めた気持ちで関わっていたことが功を奏するとは。世の中無駄はないというか、面白いようにできているものです。

息子2人が小さい頃、一度甲子園に連れていきました。テレビで熱心に見ているので好きなのかと。「あつくてやだ」当時小3の長男。1試合見られませんでした。クーラーの効いた部屋で見たほうがいいですね。正直でよろしい。そして兄弟はこの後2人ともサッカーに進むのです。

日常

Posted by densya