「自分らしさ」が分からなかったら、まず一個だけ探せばいいのです
そもそも「らしさ」ってなに?
「自分らしさってなんでしょうか」私も若い頃さんざん悩みました。今は若い子に相談されます。自分では一生懸命やってるつもりだけど、今一つ特徴が出せない。よくあります。よくありすぎる悩みです。
答えは自分自身の外にはない
そういう時代を通り過ぎたオジサンだから言えることですが、単に「突き詰め方が甘い」ということですよね。身もふたもなくてすみませんが。自分の若い頃を振り返っても言えます。
「らしさ」というと「強み」や「特徴」を求められますが、概ね主観と客観は違います。答えは外にあって、外の人は分かっているのに分からない自分だけが悶々とする。一生懸命、模範解答を知っている(ように見える)人と答え合わせをしようとする。そんな勘違いをするわけです。学校のテストじゃないんですから。間違い探しをするほうがおかしい。
答えを知っているのは自分しかいないのです。その自分の中にあるものを突き詰めることでしか、自分らしさは見えてきません。そういうものです。
分かっているようで分かっていない自分
子どもの頃は、たとえば「トミカが好き」とか「いっつも虫探ししている」とか分かりやすい特徴が見られるものです。それはただ子どもの世界が狭かっただけ。大きくなるに従って知識、経験、趣味、思考、だんだん膨らませていく中で「自分」というものが分かるようで分からなくなります。
私の周りには太鼓奏者と呼ばれる人がまわりにたくさんいます。「太鼓が大好きで太鼓奏者になりました」同じように言います。では、あなたはどういう演奏家ですか。一言で言える人、ほとんどいません。「伝統にこだわっています」と言いながら洋服で演奏するとか、まったくもって意味不明です。「こうありたい」「こう見てほしい」という主観がぶれぶれなのに「私を分かって」「私らしさを伝えたい」とか、なんでやねん!と突っ込みたくなります。人は自分のことは分かっているようで相当分かっていないものです。
他人はざくっとした印象でしかあなたを見ません
その割に「こういう面もあるし、こういう面もある。多様な内面を分かってほしい」とどこかで願っています。ですが他人はそんなことは気にしません。「あなたはこういう人でしょ」けっこうバッサリ行きます。
あなた自身、人をどう見ていますか。他人のことなんて見た目、発言、仕事ぶり、その程度でしか分かりません。夫婦だって親子だって別人格。分かりあうのは難しいものです。こう考えているかな、と想像はできますが。
自分らしさを見つけたかったら、他人が見て「そうだね、そういう人だね」と納得できる特徴をひとつ見つけましょう。まずはそこからだと思います。「唯一無二の○○奏者」とか、本当に理解不能です。そんなの、いくらでもいますぜ。もっとすごい人が。
ウルトラマンなら「必殺技はスペシウム光線」ですが「追い込まれないと本来の力を発揮できません」「アウエー(地球)に行くと体力の消耗が激しいです」と少々めんどくさいタイプです。サッカー選手なら、スタメンでは使いにくいですね。後半30分くらいで点が欲しいときに投入されるスーパーサブ的なフォワードがよろしいのではないでしょうか。

私ですか。ピンで獅子舞やって職業として成り立たせています。獅子を舞える方は日本中にいらっしゃいますし、芸能団体に所属されている方もいらっしゃいますが、プロの「獅子舞師」として確立し私以上の実績を残されている方を存じ上げません。同業のリサーチは行った上で申し上げております。もしいらっしゃるのであれば、ぜひお目にかかりたいものです。ニッチなジャンルを貫いて、自他ともに認める「獅子舞の人」になりました。